2012年9月27日木曜日

反同志社大学学生支援課宣言

現在の同志社大学では、学生支援課という大学の部署が学生のサークル活動等の一切を取り仕切っています。本来、学生支援課の任務は学生の活動を支援することですが、現状の学生支援課の活動は学生の自由な活動を規制し本来の学生支援とは程遠いものとなっていると言わざるをえません。例えば、以下のようなものがあります。

・公認団体と登録団体の格差
同志社大学の学生団体には「学友団公認団体(以下公認団体)」と「学生支援センター登録団体(以下登録団体)」の二種類があり、公認団体には潤沢な予算とサークルの個室であるBOXが割り当てられているのに対し、登録団体にはそれらが一切ありません。しかも登録団体と公認団体が互いに昇格や降格などして入れ替わったことは過去に例がありません。同じ学生団体で、この様な差別が認められていいのでしょうか。

・学生支援課による恣意的な審査
新たに登録団体を結成するには学生支援課の審査を受けなければなりません。しかし、学生支援課職員によれば「我々が不適切だと判断した思想信条を持つサークルはサークルとしては認めない。」ということです。通常、どのような思想信条や活動理念を持っていても、他人に迷惑をかけなければその活動を規制されることはありません。また、大学から予算をもらっているわけではないのですから大学からその活動を審査される云われはそもそもありません。しかし、同志社では大学が不適切だと判断した人間は学生活動の場から排除されるのです。大学当局の価値観に適合しない価値観は全て排除する、この様なことが自由であるべき大学で行われていいのでしょうか。

・学生支援課による恣意的な処分
登録団体を結成するには支援課に誓約書を提出する必要があります。その内容は
 ・大学の作ったルールを守れ 
 ・社会のモラルを守れ
 ・法令を守れ 
 ・同志社大学生として誇りある行動を取れ
 ・以上に反した場合、サークルの解散処分などを受けても異議を言わない。 
といった内容です。

私は「大学の作ったルールを守れ」 に対して「大学の作ったルールとは何か、見せて欲しい」と頼みました。しかし「ルールは明文化されていない、見せられない」と支援課の職員はいうのです。 僕たちの活動を規制し僕たちを処罰するルールが明文化されてないということです。こんなことがあっていいのでしょうか。 どのような行為をすれば大学から処罰を受けるかどうかが分からなければ、何も自由に活動することができなくなってしまいます。あらかじめルールが明文化されているからこそ、安心して活動ができるのです。これは一般的に罪刑法定主義の基本的な考え方です。

「社会のモラルを守れ」にしてもモラルや常識といったものは人によって違います。 一体誰のモラルや常識を基準とするのでしょうか。そのような曖昧な相対的なものを基準に処罰を下すことは通常許されません。大学には様々な人間がおり、国籍や民族、背景に持つ文化も様々です。そのような多様な人間がいる中で常識というものを持ち出すのは、結局大学当局の考える常識を押し付ける結果にしかならず、大学当局の恣意的な処罰を生みます。「常識で考えろ」で解決するのならば、世の中に法律は必要ありません。

「同志社大学生として誇りある行動を取れ」と言われても、これも抽象的で曖昧な規定です。同志社の誇りとは人によって異なり、一律に定義できません。結局大学当局の考える「同志社大学生としての誇り」を押し付ける結果にしかならず、大学当局の恣意的な処罰を生みます。

・それ以前に、支援課は特に何も支援していない
登録団体は、登録したからといってメリットが与えられるわけでもなく、登録していない場合の、ビラを張ってもはがされる、立て看板が立てられない、教室を借りられな い、新歓活動ができない、などというデメリットがなくなるだけというもので、支援課などと名乗っていますが「支援」などは一切ありません。教室の使用やビラ貼りなどは本来学生であれば自由に行えるべきものであり、それを不当に禁止し、大学当局に対して忠誠を誓う団体にのみ認めるという不合理なことをやっています。それは支援とは言いません。

・言論封殺、集会の自由の侵害
学内でのビラまきや集会を行う権利は、本来全学生に対して開かれているはずです。しかし現状では公認団体か登録団体しかこれを行うことができません。しかも、事前に支援課の検閲を受けなければなりません。また、支援課が不適切と判断した文書は剥がされてしまいます。登録団体になるためには支援課に忠誠を誓わねばならず、ビラを撒くためにも支援課の許可がいる、この様な二重の規制によって我々の自由は侵害されています。ある学生は「大学の公式見解と異なる」という理由でビラを剥がされました。この様なことが行われていいのでしょうか。

・支援課の正当性
これらの規制が我々学生を民主的に代表する人間によって行われているならばまだ正当性はあります。我々の意見を反映させることが可能であるからです。しかしこれらのルールを定め規制を実施しているのはただの大学の職員でしかありません。これは学生自治の重大な侵害であり、治者と被治者の自同性の観点からも許されません。

・学生の意見を握りつぶす
大学の窓口として支援課に意見や苦情や要望を言いに言っても、握りつぶされ返事すらありません。

この様な支援課の不当な行為に我々は断固反対します。同志社大学に真の学生自治、自由を取り戻し、学生支援課の廃止及び学生活動が学生によって自主管理されることを目指していきます。